音の手触りとか構成しないという構成とか、メジャーもマイナーも自在に行きかう自由と希望とか、この曲にはものすごい影響を頂いている。
特に好きな所は実は終わり方。この長い紆余曲折を経てカタストロフィーとか無く唐突だけれど幸福な感じ。
人生が終わる時はこんなのが良いな。。。何て思ってしまう、終わらないけど。 
実は僕の水玉のワンピースの終わり方は確実に影響を受けている。
感情の自由ってつまり皆が悲しい時にわらっても良いし、皆が笑ってるときに泣いてもも良いってこと。意外と忘れられてる。

 

 

水玉のワンピースはこちら>>「score」

 

 

 



もう随分販売していなかったaprilとdecembreをそろそろまた販売しようと思っています。

それぞれ1枚ずつのナンバリングスタンプがガチャンと押してあって、aprilというCDのジャケットには、

僕の部屋の前に有って、毎年咲いてはガクを一面に絨毯の様に散らせていた大きな山桜の、

本物の押し花を添えていました。

その押し花を作るのに使っていた本はガルシアマルケスの分厚い本でした。特に意味が有った訳では無く。

その本の2ページに一つづつ挟んで「・・・に捧ぐ」から後書きまで。

そのストックも残り少なくなり、僕ももうその桜の部屋を替わってしまいました。

なので、そろそろこのへんでスキャンした画像に替えてジャケットを作る事にします。

でも、今まで1枚に一つだった事の記憶に12パターンの押し花を用意しました。

買って頂ける方にどの押し花が届くかはわかりません。 販売はもう少し待ってください。

 

 

 



ネットは一日単位だからちょっと新聞的。書籍は基本変化させずに留める物。

雑誌の良さは、毎月出る事、何月号って言う単位がある事。

流れの中に居る事と留める事の両方を持ってたな。だからバックナンバーに価値が有った。

価値の有るバックナンバーって言うもの、今は何なんだろう。自分のサイト作りながら色々考える。

 

 

 

 



音楽って目の情報が有るのと無いので聞こえ方のレベルが全く変る。

音楽を聴く時には画像や文字、もっと言えば光さえも目に入らない方が良い。

自分で実験すればすぐ判る。今のぼくのホームページで音楽を聴いてもらう時に、

単純にリンクして別ウィンドウで開く様にしているのにはそういう意味が有るんだけれど、

もう少し工夫したいな、どうしよう。

youtubeとかで動画として音楽を聴く時のはまた全然違う脳の使われ方がある。

 

 

 

 



この写真、灯りはキャンドルだけ。 セルフタイマーでシャッターを10秒明けて摂りましたよ。

三脚なんていうものを久しぶりに引っ張り出して、カシャ!っとシャッターが空いてから10秒間じーーーっと動かず。

だからこの写真には一瞬じゃなくて10秒分の時間も溶け込んで居ます。

こういうの新鮮。フイルムの頃の光をじわじわと染みこませる感じ。

窓の外の景色と部屋の中の明るさが上手く溶け合っていて僕も一緒に溶けてる様な。なんだか絵画みたいになりましたよ。

演奏の時もこの明るさで弾こうと思っています。

9月の連休中日の日曜日。

ご予約はこちら>>http://lilt.tokyo/info/2017/08/post-3.html

 



今日は2017年8月18日です。

日記と言う事になっていますが、どんなページにするかは決まっていません。

普通に思った事を書くのか、それとも何か画像か写真か。。。

或いはここだけで公開の音楽などかもしれません。