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2007/8/25

1時過ぎ、京都駅に着く。
地下鉄で四条烏丸まで行って地上に上がる。
河原町まで歩くことにする。
久しぶりの京都、 碁盤の目なんだから、と、 表通りではなく、裏を歩いていたら、道に迷う。
暑い。。。 荷物が重い。 なれない直射日光に倒れそうになる。
ミナのショップ仁電話して場所を教えてもらう。
お店についてもしばらくボーッとしたまま。 軽い熱中症で受け答えが出来ない。
さぞ、変な人が来たと思ったことでしょう・・・
お店は昔銀行だった建物をほぼそのまま使っていて、天井が高く、石造りのアールヌーヴォーな佇まい。
いい音が響きそう。
セッティングを済ませて、 今日の宿へチェックインだけしようと思ったけれど、
外へ出ると暑さにまたも頭がふらつき・・・ とりあえず途中の五条efishへ。

ああ、もう何回この高瀬川の小さな橋を渡ったのかな。
なぜかいつも少し気が引き締まるのだけれど、
今回はそれと同時に懐かしさが込み上げて来るのを感じる。
フレッシュジュースで体が回復する頃にはもう、演奏の時間が迫っている。
急いでタクシーを捕まえ、近くであることを何度も詫びながら四条まで。
と思ったら、渋滞。 ぜんぜん動かない。
僕「動きませんね・・・」
運転手「ここ通るの一番嫌なんや・・・」
僕「・・・すいません・・・」 「もう近くなんで、ここで良いです。。」
運転手「おおきに。。」
教訓一。
結局、走る。
ちょっと遅れて演奏スタート。
懐かしい顔も。
思ったとおり、いい音が満ちる。
天井の高い石の空間が余韻を付けて、部分的な木の壁が味を添えて、
上質な布地が音の角をやわらかくほぐして・・ 最高です。
休憩を挟んで2時間半くらいかな。
カフェではないのであまりお話とかは出来ないけど、
素敵な洋服に囲まれて輝いてるお客さんの表情や動きに合わせて弾くのは、とても楽しい。
鼓太郎君にも会えたし、 でも鼓太くん僕が弾いてる間ずっとおネンね。
すやすや。 いい夢見たかな?

演奏が終わって、 ショップの方とおそばを食べに。
休憩時間によく行くというすぐ近くのお蕎麦屋さん。
おそばは安い方が美味しいんです。
ぼくは「鴨せいろ」 鴨汁とせいろが分かれていて、 別に熱い付け汁が着いている。
食べ方がいまいちわからないけど・・・ やっぱりおそばはおちつくな。。

関西、九州なら断然うどんを食べるけど、実はおそばが大好きで、京都にはお蕎麦屋さんが結構あるそうだから、
京都ではこれからもおそばにしよっと。 昼はとっても暑かったけれど、夜は涼しい。
そのままさんぽ。
四条木屋町と河原町の間はちょっと細い道が入り組んでいて、なかなか趣があるとこ。
コロナと言う90歳?のおじいさんがやってるオムレツやさんが有ると言う事だけど、みつけられず。
で、 フランソワ入店〜
コーヒーとザッハトルテ。 コーヒーは酸味の利いた関西風、ザッハトルテは甘い。
疲れた体にしみる。

虫歯にもしみる。。 おじさん一人の客がいて、目をつむって音楽に聞き入っている。
その音楽はベートーベンの運命なのでした。
ちゃんと聴くのは中学校の音楽の時間以来かも。
8時過ぎにミナへ戻って、荷物を背負ったら、またもやエフィッシュ。

明日の奈良への託けを受け取って、、 ここからが大変でした、
今日の宿は西本願寺の真向かいで、
河原町からは少し距離があるけれど、 なんとなく歩きたい気分。
ところが、歩き始めたら。。遠い。。
最初のうちやっぱり調子に乗ってジグザグに歩いてたらやっぱりわかんなくなって。
荷物が重い。
夜とはいえ、暑い。
やっと着いたと思ったら、東本願寺。
しばらく道端で放心状態。
こんな事じじいになったら出来ないな・・・ でもやれるうちはやろう。
と わけのわからない決意を新たにしました。
2007/8/26------------------------------------------------------------
昨日は宿に着くなり、お風呂に這って行って秒速で入睡。
起きたら丁度朝ごはんの時間、8時。

浴衣のまま食堂のお座敷へ、
考えてみたら京都で普通の和食食べるの始めてかも、
なんて事無い朝ごはんなんだけど、お味噌汁飲んだ瞬間。
感動・・・ ご飯も三膳頂きました。
佃煮。玉子焼き。
鮭の切り身。
のり 大根葉のおひたし わさび醤油の蒲鉾 お漬物 そんなんだったかな・・・
いつもはエフィッシュのすぐそばのホテルリッチ(立地の意味?)なんだけど、今回は満室で。
仕方なく和風の宿にしたけど、よかった。
部屋の窓を開けるとすぐに西本願寺。 今日は夕方奈良に着けば良いので、また少しさんぽに行こうかな。。と。
荷物は宿に預けてふらふら歩く 京都市内の住所は縦横の組み合わせと その交差点から
上がる、下がる、西入る、東入る。
の,、どれかであらわすので、全部言葉。
それぞれ由来がはっきり有る名前なんだろうな。
平安京。

家と家の間の空き地にテント張って、そこにご近所の人が集まっていて、
何してるのかな?と思ったら、お坊さんが真ん中で集まった人に向ってお説教をしてた。
そのしゃべりがなんだか漫才風で、聞いてる人もらくに聴いてる。
こういうのは本願寺周辺だから?
まだ知らないことだらけの京都。
烏丸松原まで行ったら、ここは少しビル街、暑い。

セミのシルエット・・・ ここからは地下鉄に乗る事にする。
烏丸四条から今出川まで地下鉄で行って、 そこから京都大学に行きたかったのだけど、
近くに京都御苑があったので、寄り道。
大きな木の門をくぐって、玉砂利の道を歩く。

やっぱり暑い。 木陰のベンチでまたもや放心。
自販にてポカリ補給。 今回はサイフに有るだけ使っちゃう癖を直そうと、
お小遣い帳を付けてるので、\110-と記す。
交差点に戻って、ツタヤに入り、観光ガイドを立ち見。
バスの路線を調べる。 京都はバスが使いこなせないといけないんだね。 実感。
ちなみにバスは¥220-なのだけど、1日乗車券が\500-なのだそうで、これは得だよね。
きっと。
で、バス停のとこには小さな屋根のぶんだけ日陰が出来てて、
でもみんなそこに入ってるから、僕の入るとこは無い。
暑い。
しばらくすると、品のよいおばあちゃんから「河原町に行くにはこのバスで良いですか?」って訊かれた。
「すいません、京都じゃないんで・・」
と言うと、 隣にいたおじいちゃんのスイッチが入って。。
おじいちゃんしゃべるしゃべる。
おばあちゃんは「はあ・・・はあ・・」 と言ってるだけ、
僕とおじいちゃんの乗るバスがやってきて、 おばあちゃんは別のバスなんだけど、
おじいは乗り込んでからも、扉が閉まるぎりぎりまで、話し続けて、しまった瞬間、ショボンとなってた。
きれいなおばあちゃんだったもんな・・・ バスは程なく百万遍というところ。

ひゃくまんべん。。 どういう由来が・・・なぞ。
京都大学の目の前。
バスを降りたら、カフェ本持った女の子2タリ組みがいたので、進々堂って解りますか?って訊くと
、あ、これじゃない? て言って、あっちあっちと言うのでその方向へ歩く。
でも大学の塀が続くばかり。
今度は自転車のお兄さんに聞くと、 にこにこしながら丁寧に教えてくれる。
京大生かな・・・さわやかだ。
下る、と東入るを間違えてました。
進々堂到着。 アイスコーヒー

京都の友達 某「おもしろ姉妹」が暑い中来てくれる。
ゆるゆるとしゃべってるうちに時間超過。
怒られながらタクシーに飛び乗る。
ごめんなさい・・・ 奈良に行かなきゃ。。
宿に跳んで帰って、荷物をとって、京都駅。
近鉄にのって大和八木駅まで。
と思ったら、近鉄の乗り場を間違えていて、 後2分、走るのだ。。。
エスカレータをふさぐおばちゃんを大荷物で突破して駆け込みセーフ。
ここから1時間少しで大和八木。
着くと、今日の演奏の場所、パティスリークリアンの方が迎えに来てくれている。
30メートルくらい先からてを振ってくれている。
始めましてーと車に乗ろうとした瞬間、二匹の蝶チョが腕にとまって離れない、振っても降っても離れない。

指でチョンと触るとやっと飛んでった。
黄色い色が好きなのかな・・ そこからまた3〜40分車で走ってやっと奈良県五條市。
走ってる間の風景に奈良は山の国なんだな〜と実感。
標高が上がったり下がったりを繰り返す。
昔一緒に仕事してた人のおじいさんが、陶芸家で、
奈良の田舎で新しき村とか言う独立生活をしてた話を聞いたことがあったので、
その事を訊いてみたけど、あまり有名ではないみたい。。
クリアンさんでの演奏にはお店いっぱいにお客さんが来てくれて、僕も久しぶりお話ししながらの演奏。
家族で来てくれてる人も居てなんだか和やかです。
アンコールの拍手ももらって、合計1時間半くらい。
控え室が2階でみんなは1階で、僕は螺旋階段(!?) を降りてくるんですよ!
しかも螺旋、2回転してます! アンコール後はもう螺旋を登るのはやめてそのまま1階で打ち上げ〜
気が付けばケーキと近県随一のシュークリーム食べるの忘れてた。
しまった・・ でも今日の山はこの後でした。
クリアンの方がせっかくだからと取ってくれた宿は 江戸時代からの老舗で200年以上前の建物。
夜中に車で着いた場所は、新町という日本一古い街道。
吉野川のほとり。 女将さんが一人でやってる「山田旅館」という宿です。

1階は土間と囲炉裏があって細い木の階段を上がると二階は三十畳ほどあって、
そこが6畳ごとぐらいにフスマで仕切るようになっています。
一番奥の仕切りの6畳に通してもらって、 しばし女将と二人で昔話など。
かつては吉野杉の商人が全国から集まって、大商いの末、芸者を上げて騒いだ宿なんだって。
女将が「あ〜無駄話しちゃった」 なんていって下がるときに
「今日はお客さん一人ですから・・」 と言って下がってゆきます。
一人になると・・・・・ 「こ、こわい」
出るかも・・・とか言うレベルでは有りません。
<以下省略>
2007/8/27------------------------------------------------------------
人格をシャットダウンして向えた朝。
一回の上がりかまちで女将とまたお話しをした後せっかくだから、新町を散歩。
と思って街道を20メートルほど行ったところで、
タバコ屋さんのおばあちゃんにつかまりました。
そこから話す事2時間あまり。
おばあちゃんの人生の隅々まで聞かせて頂きました。
おばあちゃんは今ここで一人で暮らしてるんだけど、
息子夫婦が五条にいてNTTに勤めてて。
一緒に住もうというのだけど、ここを離れたくないって言ったら、
家を修繕してくれたけど、
街道側は市の助成があるからとってもきれいに昔風になった事。
タバコ屋の前は青物やと言う、いわゆる何でも屋をやっていた事。
おばあちゃんのおじいちゃんが材木商だったのだけど、
全財産の吉野杉を筏(いかだ・川に浮かべておくから)にしてたら全部流されて破産した事。
それから青物屋をやってたら、吉野川の水害で一面2階まで水に沈んだ事。
そのとき流れてきた材木を渡して命からがら向かいの家の屋根に渡ったこと。
水害の後、今と違って保障や支援がまったく無くすべて自分で立て直した事。
乙女の頃(おとめって自分で言ってたよ!)
四月八日の神楽が唯一の楽しみだった事。
その神楽の山に今は老人ホームが出来てて、
そこへたまに行って同年代の人と遊ぶのが楽しみな事。
息子らの車に乗っても若いのと一緒に一人でちょこんと座ってたって楽しくないってこと。
街道を横切って川の手前で途切れたまま70年そのままの線路の陸橋の事。

お向かいの火事の時、お父さんに手を引かれながら逃げてお父さんが
「今度帰ってきたときはこの家は無いで」 と言われた事。
でもそこが銭湯で湯船がこっちに向いてたから家は燃えずに済んだ事。
昔はこの新町が一番の栄えた通りだったこと。
でも車の道路が近くに出来たら隣の橋本が栄えてここは誰も来なくなったこと。
残っているのは老人の一人暮らしばかりだってこと。。。。。
などなど・・・ 「ほっといたら夜までしゃべるでぇ」
迎えに来てくれたクリアンさんに、タバコ屋さんから救出していただいて、 お食事へ。。。
超山の中へ。。。
純白のルノーは曲がりくねった道をどこまでもどこまでも登ります。
道路にまっすぐな部分は有りませんすべて曲線で構成されています。
ペジェ道路(急勾配) ルノーはいい車です。
着いたところは山の小川のほとりの林の中、 ログハウス風の大きな予約制一軒屋レストラン。
完全無農薬、完全自家製レストランです。
その美味しさは、本当にすばらしいです。
野菜なんて、一口ごとに体が生き返ってきますよ。
パンなんて小麦から自家製です。
敷地には畑があってヤギがいて鶏がいて、パン釜が有って井戸があって。
その後、ここまで来てせっかくなので、さらに高野山に行く事に。
そこは聖域です。 さらにさらに山の中です。すごい遠いです。すごい標高です。
高野山初体験でした。
奥の院につながる森は杉の巨木の森でその巨木さたるや。
伊勢もすごかったけど、規模ではそれ以上か。。。
地下の霊廟にも行きましたよ。
親鸞聖人が即身仏となって座っておられるとのこと。
僕は見えませんでしたが。 見える人には見えるのだそうです。
全体が聖域なので帽子もかぶっちゃだめ、写真や録音なんて以ての外。
ここで修行している人の服の色が僕の着ていたシャツと同じ色なんです。
で、聖域の門を出るとき、 僕のシャツにまたあの蝶チョが!・・・ なんでしょう・・・ 奈良は神秘な場所でした。
結構ぎりぎりになってルノーで近鉄の駅(どこだったかな・・) まで帰ってきて、
今夜はこのまま京都行ってエフィッシュで弾くんですよ。
僕ってタフかも。

奈良から京都までは近鉄の特急に乗れば座席指定で1時間弱。
\1780-もしますけど、間に合わないので仕方ありません。

で京都駅からエフィッシュは、覚えたてのバスで河原町五条。
すぐです。
この後は、すっかり写真撮る事にまで気が回らず、
僕が弾いてるとこの写真はゾンネエさんの撮ってくれたもの拝借。

エフィッシュには夜の顔と昼の顔があります。
今日は夜。
いつもはイスもこっち向いて無くて、
お客さんも好きにしゃべったりしてる中で弾くんだけど、
今回は結構がっちり聴く体制だったので、僕もそういうつもりで弾きましたよ。
音も大きめ。曲も重め。
そのぶん、少し短め。
とは言ってもほっといたらいつまでも弾く僕なので、
普通から見たら長いんだろうな〜の1時間。
今回はこのまま京都に泊って明日も弾くので、いつものように弾いた後、
最終新幹線に急いで乗らなくてもいいから、割とみんなとゆっくりしゃべれて嬉しい。
締にラーメン食べに行きました。
すぐそばの「第一旭」 酢豚ラーメンセット。
ホテルは河原町四条のセントラルイン、

爆睡なり。
2007/8/28------------------------------------------------------------
すっかりホテルの朝食を寝坊し、急いでチェックアウト。
ロビーで京都新聞を読みながらウトウト・・ 1時間近くロビーで粘ってやっと眠気が取れてきたので、
ホテルを出て三条あたりを歩く。
早めのランチをやっているフレンチを見つけて食べる。
オムライスとカツレツランチ。\800-。
フツーのお店、美味しい。
おおきに〜 僕はこの4日間でなんだかすっかりイントネーションが関西風になっていて
、なんとかしはる・・・とか言っている。
言葉に染まるのが早いのは子供のとき転校を繰り返したせいも有るけど。。
でも、それ以前に方言が大好きだからで。。
言葉にメロディがあって、機会ぽくない所がいいんだろうな。音楽的。
フレンチを出るとぽつぽつと雨粒が振ってきた。
そういえば雨を呼ぶピエールにしては、今回は降らないなと思っていたら、最後の日に少しだけ。
アーケードの京極、新京極あたりを歩く。
この辺は心斎橋の感じに少し似てるけど、ビルが低いからその分風通しがいい感じかな。
でもちょっと雨が降ったので、蒸し暑さは強力。
喫茶店に逃げ込む。
蛸薬師、麩屋町のナイノワ。
ニコの新倉さんが11月に絵の個展をするって聞いていたので行ってみる。
サーファー繋がりのお店。
コミュニティー的な事は苦手だけど、波乗りはあこがれるな、泳げないけど・・ 僕はスキーの感覚ならかなり解るので、 新倉さんとサーフィンの話したときには、スキーと重ねて想像していた。
運動神経は世界を捉えると言う意味では、 やはりもう一つの知性で、 それは楽器を弾く事とも同じじゃないかな。
一番暑い時間を何とかやり過ごして、 エフィッシュまで歩く。
雨上がりの太陽。 汗が噴出す。
途中でコロナ発見!

京都は、若い人も老人も(特にじいさん)比較的同じ場所で生きている所なんだなと思う。
東京は年齢で分断されているからね。。
さあ、今回最後の演奏。
エフィッシュ昼の顔
写真はキングが撮ってくれた写真。

スキャンしたので色がずれちゃったけど本物はとても美しい写真です。
鴨川に面した窓を全開にして高瀬川に面した窓も全開。
風が通り抜けて気持ちいい。
遠くの音、近くの音が全部入ってくる。
いろんな鳥の群れが窓のすぐそばを通り過ぎる。
川がさらさら流れてるのが見える。
この川を見ながら弾きたくて、 この川を見ながら聴いて欲しくて、 ここで弾き始めたんだったな・・
弾いている間に午後の光が夕方の光に変わっていく。
わずかに赤みを見せ始めたところで、演奏は周りの音に吸い込ませておしまい。
キングはベレー帽のじいさんで、 でもじいさんは嫌なので、
トランプの13のじいさんてことで、 キングとなったそう。
写真家。
すぐそばに住んでいて、最高で一日に5回、エフィッシュに来るんだって。
東京のニコに毎日3回来る黒服のマダムと知り合ったら・・・ さすがに年季が入ったキングのバランス感覚はすばらしい。
下ネタの罰金にもめげず、決して品を失わずに。
みんなを褒め、楽しませつつ、自分も楽しむ。
あんなじいさん、じゃなくてキングになりたいものです。
撮ってくれた写真をすぐに家に帰って印刷して持ってきてくれた。
さらにラミネートまでしてくれたのは、 新幹線で帰る僕に写真が折れないようにとの配慮だろうな。
年季ということの一つの形。 洗練されてる。
キングはみんなに愛されています。
演奏の後、カウンター ですごしながら、気が付くと 夜が始まっている。
ああ、もうそろそろ帰る時間、 帰りたくないな。
エフィッシュの黒猫を買って、

みんなに手を振り、 タクシーを拾う。
「京都駅・・・」 「新幹線口まで。」