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2005/7/28

 

夕暮れの六本木。

安物の読み捨て小説のような言葉、

でも、こんな風に書くと、僕にはもうそれだけであるイメージ がふわっと漂ってくる。

19歳になった僕は、在る偶然から、 なんの思惑もないままに、地方都市での生活を切り上げて、 この街に住んだ。
港区、霞町、

首都高速が頭上数十メートルを強力な圧力を持って引きちぎるように蛇行し、
辺り全体に排気ガスと灰色の塵を充満させている。
僕とはほぼかかわりの無さそうな男女が、享楽的な笑い声を上げて
大きな歩幅で通り過ぎる。
アフリカ各国の大使館が入ったビルからは、背の高い黒人の外交官たちが
野性的な強靭さで、アタッシュケースを提げて歩きだしてくる。

今にして思えばはったりなんだろうけど、 交差点の角にある、
一階がラーメン屋さんのビル、 ふと横の、地下に降りる階段をみると、
「これから先の侵入者、命の保障せず」って書いてあった・・・

この街には坂が多くて、意外に土地の高低差がある。
それは、建物の配置や構造に大きく変化を与えていて、
それに接する人の気持ちにも、微妙なテンションを与えると同時に、
立体的なものの見方の構造を作り出すように思う。

誰もが同じ地平に立っている訳では無いということ、 多様な社会を意識させる街。
歩いている人々の職業を、一見で当てる事は難しい。

毎日ふらふらと歩き回っては、街や人を観察し、
自分の寄る辺なさを噛み締めながら、時間をつぶして過ごした。
放浪ぐせはこの時に付いたんだろうか、
よく行ったのは、首都高に覆いかぶさられる様にその影にある
小さな立ち食いそばの店。
いつも悲しそうで、恐ろしく無愛想だけれど、仕事だけはすさまじい熟練で
多くの客をこなす、「キッチンヌノ」。
中学生達が我物顔で吹きだまっていたマクドナルド、
いつもすいていた映画館シネヴィヴァン
そして、青山ブックセンター

けして親しみやすい街ではないし、
好きになれる所もそれほど在るわけでは無いけれど、
僕にとっては、原点の街。

自分で決められる事なんて、そんなには多くなくて、ほとんどは気まぐれな運命なんじゃないだろうか?

港区、霞町     か・す・み・・・という音

19歳の僕の気持ちがこの言葉と共にここにあった。
そうして、今、 僕はこの街の本屋さんで毎月ギターを弾かせて頂いている。

僕はやっと、
周りの沢山の人々の為に自分をささげる事が出来るようになったのだろうか・・・

くしくも最初にこの街に来てから19年が経とうとしている。

僕は、あの霞の中から、いったいどれだけ進めただろうか、

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